2020年12月1日火曜日

2020年11月7日土曜日

秋。フリーマーケットの散策が楽しい。


首都圏の、とある公園。

フリーマーケット は 朝一番が狙い目だ。


 使い古したキャンプ用品、箱の開いた炭。

 蓋の開いた化粧品。洗剤の箱。

 何かの電化製品のリモコン(だけ)。

 古今亭志ん生師匠のレコード、昭和のアイドルのポスター。

 明らかに何かの景品・キャラクター入りプラスティックのお皿。

 結婚式の引き出物であろうか、グラスの片方‥


ブルーシートも敷かずに、地べたに置かれているものもある。


(出店されてる方々には、大変申し訳ないが) どしても笑っちゃう。

リサイクル というより もはや家中の不用品処分である。

くすっ、とさせてくれた分、心の中でお代をお支払いしたい。



ときどき 掘り出し物 もある。

以前は、あるブランドの新品シャツを数百円でいただいたこともある。

今日も、あるジャケットに目を奪われるも、お財布を確認して諦める。


‥本物ですか?

‥もちろん レプリカ。本物だっだらン十万!みんな知らないからね。

読売巨人軍の有名選手のユニホーム。筋金入りのファンのようだな

有望若手選手のサイン入りキャップは、UAのキャップの方が高価だな。

‥今日は夕方、ドームで観戦なんですよ。岩隈さんのセレモニーあるし。

‥坂本選手。2000本、今日打ちそうじゃない。イイ日に、いけますね。


今日はウィンドショッピングだけになった。 秋晴れの朝。

2020年11月6日金曜日

分離派建築会と大正ロマン


『分離派建築会』をご存知でしょうか?

分離派建築会100年展 が パナソニック汐留美術館 で開催中です。


いまから ちょうど100年前。

1920年(大正9年) 当時の東京帝国大学工学部建築学科の学生である6名

堀口捨己、石本喜久治、山田守、滝澤眞弓、森田慶一、矢田茂 らによる

建築界のひとつの大きな ムブメント でありました。

(後に 蔵田周忠、大内秀一郎や、“職人からの叩き上げ”山口文象も参加)


「我々は起つ。~」‥とはじまる、いささか勇ましい「宣言文」のもとに

1920年(大正9年)から1928年(昭和3年)にかけ、関東大震災をはさんで

計8回あまりの 展示会 をおこなっております。


明治の近代化。イギリスから招聘された建築家 コンドルの指導のもと、

『東京駅』(辰野金吾) や『東宮御所(現 迎賓館)』(片山東熊)のように

西洋の従来様式を取り入れることのみを 是 としてきた建築のありよう。

あるいは、『建築非芸術論』(野田俊彦)にある

「建築は芸術品ではなく実用品であるべき」といった論争。

それらへの反発が 当時20代の若者達のエネルギーになったのでしょう。


しかも、活動は作品展の単なる『計画案の発表会』で完結していません。

建築として実現している作品があることが、凄いところ。彼らがエリート

だったこともありましょうが、若い建築家にもチャンスが広がっていたの

だと考えられます。右肩上がりの華やかな時代だったと思われます。

著名な作品は

山田の『東京中央電信局』(1925)、石本の『東京朝日新聞社』(1927) 

現存する建築には 山田の『お茶の水聖橋』(1927) があります。


当時の時代背景も興味深い。

1918年(大正7年)から1920年(大正9年) スペイン風邪の大流行。

1923年(大正12年) 関東大震災と、その復興が社会的課題であったこと。

今の時代と通じるところがあり、考えさせられます。


この関東大震災を契機に、建物は不燃化、耐震化への流れが加速します。

西洋風の煉瓦による組積造から、鉄筋コンクリート、我が国独自の構法

鉄筋鉄骨コンクリート造へと、大型建築の構造は移行していきます。

同潤会の発足も、その流れです。

中には、鉄筋コンクリートでありながら煉瓦を用い煉瓦造に見せかける

虚偽構造が出現し『それって、どうなの?』的な論争も勃発しました。

数十年前。私自身の大学の卒業論文のテーマでした。

当時は、卒業に足りない他の単位の取得にテンパっていて、論文作成に

あまり味が入っていませんでした。今にしてみれば、もったいない時間。

年を取り、歴史に意義や興味を感じられるようになってきました。


ちなみに、ブレイク中の『鬼滅の刃』も この大正時代が舞台ですね。

関東大震災前の浅草の様子もアニメに出てきました。

鬼(という不条理)と戦えることができる前提として、平和で文化にも

繁栄していた、ということが逆に言えるかなと、勝手に想像しています。


※会場内は撮影N.G.でした。可能な方は、ぜひ実際に御覧を!



<メンバー>


堀口捨己 (1895年生)

石本喜久治(1894年生)『東京朝日新聞社』(1927) 

山田守  (1894年生)『東京中央電信局』(1925) 

滝澤眞弓 (1896年生)『山の家(模型)』(1921) 

森田慶一 (1895年生)「構造」選択組 

矢田茂  (1896年生)「構造」選択組


蔵田周忠 (1895年生)第2回作品展~

山口文象 (1902年生)第4回作品展~ 棟梁の息子 叩き上げ

大内秀一郎(1892年生)第5回作品展~



<できごと>


1918(大正 7年)~1920(大正 9年) スペイン風邪の流行

1920(大正 9年)7/18~22 第1回作品展 東京 白木屋

1921(大正10年)10/20~24 第2回作品展 東京 白木屋

1922(大正11年)5/5~7 第1回関西展覧会 京都 高島屋

1923(大正12年)6/30~7/5 第3回作品展 東京 星製薬楼上

1923(大正12年)9/1 関東大震災

1924(大正13年)4/13~28帝都復興創案展覧会 竹之台陳列館

1924(大正13年)11/1~7 第4回作品展 東京 松屋

1926(大正15年/昭和元年)1/27~31 第5回作品展 白木屋

1927(昭和2年)1/22~26 第6回作品展 東京 白木屋

1928(昭和3年)9/16~20 第7回作品展 東京 三越





2020年11月2日月曜日

佇まい ここにも。


同潤会江戸川アパートメント


住宅公団の前身となる『同潤会』は関東大震災後の大正時代末期
不燃化(RC造)集合住宅(アパート)建設のため設立されました。
『表参道ヒルズ』の前身となった『青山アパートメント』が有名
ですが、残念ながら他のアパートメントも含め現存していません。

数年前
解体前の同潤会アパート巡礼を ライフワーク にしていました。
写真は2003年春。解体工事直前の『同潤会江戸川アパートメント』

計画は実におおらか。共用部の空間は、どこかゆとりがあります。
買い物カゴを下げたご婦人たちがたち話。子供たちが走りまわる。
そんな風景が目に浮かびました。

設計者として、空間の使い方を規定や強要はしたくはありません。
効率性を最重要視する現代の計画であっても、ゆとりのある空間
がどこかに生まれるよう、意識していたい。

生活の豊かさと事業性の追求とは比例する、と考えています。




















2020年10月20日火曜日

『ヒアシンスハウス』と石で出来た美術館


所沢I.C.から程近い ふたつの対照的な建築作品を見学しました。


ヒアシンスハウス 

別所沼の辺り、公園内の落ち着いた緑の中に佇んむ小さな住宅です。

わずか24歳で亡くなったという、詩人で建築家・立原道造の作品。


ほんの数坪の小住宅は、とりたって主張したデザインやディテール

はありません。間取りもシンプル、水回りはトイレのみ(今は収納)

ゆえに、さわやかな印象を残します。

丹下健三と同世代であったとのこと。惜しまれます。


石張の外観が圧倒的な存在感の 角川武蔵野ミュージアム を含む

ところざわサクラタウン は今を代表する建築家隈研吾の作品です。

そこ彼処のシャープなディテール、石やエクスパンドメタルの素材‥

自己主張しまくりの建築です。

ホテルやレストランに加え、アニメの殿堂、どんくりのオブジェ‥。

まか不思議な空間は、グランドオープンが待たれます。


ふたつの建築。ありよう を たとえるなら

湖畔でキャンプ か ディズニーランド。 どっちで過ごそう。

























2020年10月10日土曜日

佇まい

 


地下鉄千代田線湯島駅の一番出口駅の一番出口。

文字通り、学問の神様として知られた「湯島天神」への最寄り駅だ。

閑静な旧岩崎邸庭園へ向かう道すがら、あからさまなラブホテル街。

都市のカオスのような一角。


そのカオス感を際立たせる巨大な建築に目を奪われてしまった。

「湯島ハイタウン」築50年以上の分譲式マンションとのことだ。

整然と並んだ住居群に、建築当時は無かったのであろう空調室外機。

ただ、ところどころ機種が違ったり、抜け落ちたり。部屋の掛け物

も色とりどり。無機質で画一的な構築物に佇まいが生まれています。


ふと、ル・コルビジェ の ユニテ・ダビタシオン を思いました。

ル・コルビジェは近代を代表する建築家のひとり。

彼の提唱した住まい型が、集合住宅という考え方。

ユニテ・ダビタシオンは、その実験的な集合住宅の作品でした。

マルセイユの ユニテ・ダビタシオンを訪れたのは30年も前のこと。

巨大で無機質な建造物に、人々日々の営みを感じます。











2020年10月9日金曜日

国立近現代建築資料館と旧岩崎邸

 

建築家による手書きの図面やスケッチが収蔵された、文化庁の資料館。

初めて訪れました。デジタルデータではない、生身の痕跡が迫ります。

開催中の「ミュージアム 始原からの軌跡」展

70年大阪万博のパビリオンから、80年代の美術館の図面やスケッチ。

実際に訪れたことのある建築でも、設計者の目線で考えさせられます。


この国立近現代建築資料館は「旧岩崎邸庭園」のとなりにあります。

明治29年に建てられた、三菱財閥ゆかりの邸宅。文化財です。

はずかしながら、こちらも初めて訪れました。


建物全体は洋館、和館そしてビリヤード館と、分かりやすい構成。

建物装飾に目が行きがちですが、光の案配がじつにドラマチックです。

設計者は、日本に赴任した英国人建築家ジョサイア・コンドルですが

ぎゃくに、彼が日本の民家から影響をうけたところではないのか‥。

想像を膨らませてしまいます。













2020年10月8日木曜日

橋を架け替える


東京都と神奈川県とを分ける多摩川で、もっとも下流に位置する『大師橋』

産業道路が通る京浜工業地帯の大動脈です。

上下2車線であったこの橋が、4車線の橋に架け替えられてもう10年以上。

当時、橋はそのまま使用しつつ、橋の片側に下り走行用、次に上り走行用と

交互に新しい2つの橋を建設し、最後に古い橋を解体するという工程でした。


この大師橋と併走する首都高速1号線の橋の架け替え工事が始まっています。

今度は、架け替えるべく橋梁を隣に並べ、一時通行止めの間にスライドして

新しくしよう、というようです。


またダイナミックな光景が現れるようで、人間の技術に改めて関心します。

ただ、安全と環境は大切にしておこなってほしい。

https://www.youtube.com/embed/72ReDsSwX-k








 

2020年10月1日木曜日

バンクシー

 

バンクシー展 天才か反逆者か横浜アソビル

会期延長で滑り込み、いってきました。

風刺やブラックジョークも 文化 にまでなる。