2019年11月9日土曜日

ベルリンの壁開放 30年


ベルリンの壁開放の1年前1988年6月29日。昔の写真を懐かしむ。

西ベルリンの 戦勝記念塔 よりのぞむ ブランデンブルク門
当時の日記から、当日は大雨であったようです。

当時の東側の人たちは、自分の意見を自由に表現することはできない。
みな暗い表情をしていたことを思い出します。
表現の自由をかさにきてやってくるプロパガンダも、薄気味悪いけど
自らの意思を自由に表現できるということが、いかに豊で尊いことか‥。

西側のベルリンの壁は、カラフルに表現されたウォール・ペイント。
あいちトリエンナーレ『表現の不自由展』をシャットアウトしていた
大きな鉄扉を連想しました。




2019年11月2日土曜日

那覇_札幌_東京


那覇
首里城が、大きな炎に包まれ崩れてゆく映像は あまりに悲しい。
沖縄を訪れたことは一度あります。1986年の2月頃だったと覚えています。
レンタカーでひとり、本島をほぼ一周しました。
那覇では、国際通りのフェスティバル(安藤忠雄氏)が印象に残った建物で、
首里城は、いまだ復元されていなかったのでしょう。記憶にありません。
いちど 訪れてみたかった。 一日も早い再建を願います。

札幌
2020東京五輪のマラソンと競歩の会場が札幌となることが決まりました。
北海道も何度か車で旅をしましたが、印象に残った建築はやはり安藤氏の
トマムの 水の教会 だったでしょうか。

東京
IOCによる競技会場の強引な変更というのは、単に『マラソン』と『競歩』
の問題だけではありません。そもそも、最も運動には危険な酷暑の時期に
五輪を持ってきちゃったという矛盾が、ホコロビとなって出てきたこと。

1964年。初めて東京で五輪が開催された日本は、いはゆる高度成長期。
五輪開催 → ハコモノ公共工事 → 経済成長 という当時の価値観や
成功体験を、いまだ忘れられないでいるお歴々が多い過ぎるのではないか。
ただ 1964年当時のレガシー建築。丹下健三氏の 国立代々木競技場
少なくとも これは評価したいな。