2019年8月15日木曜日

終戦の日 平和へ


マドリードで『ゲルニカ』と対面したヨーロッパの一人旅
31年前1988年は東西冷戦の只中で、ベルリンの壁もまだありました。

東側にはウィーンから、ハンガリーの首都・ブタペストに入りました。
宿は共同住宅の一般人の住宅‥の中のトイレの壁の奥。隠し部屋です。
いま思うと、無許可の宿泊場だったのでしょう。
お財布に気をつけてね!と、宿の女将(家の住人)に耳打ちされると、
相部屋であることがわかりました。中には大きなリュックの若者二人。
こわばった表情、無言で俯く眼差しが冷たかった。
東側の国の二人には、行ける場所や会話に厳しい制約があるとのこと。

いま
私たちは、当たり前のように自由に話し、表現することができます。
そのことだけでも、なんと平和で尊いことか。

展示作品にとやかく口を挟む首長や、自らを非難した民間人の職場に
押しかけてくる国会議員。何気に、そら恐ろしくなることが続きます。

いつまでも 平和が続くことを願います。


※当時の写真を整理。コルビジェのユニテにも泊まったな。懐かしい。


2019年8月7日水曜日

クール・シェア


当方で計画した狭小住宅の取材を ある雑誌社の方からお願いされました。
中庭や坪庭を設けたり、自然を上手く取り入れた狭小住宅を紹介したいと。

私は都心に作る狭小住宅には 庭はいらない と考えています。
限られた敷地に庭を強引に作ることで、プランが歪になってしまうこと。
代々木公園や等々力渓谷など、都内は意外と自然が多いので、そういった
場所を公共の庭と考えて活用すべきと考えていること。それらが理由です。
庭のシェア ということですね。
取材の意図とは真逆になりますが、それでもよければ、とお返事しました。

庭 というスペース だけではなく
昨今では 〝涼〟のシェア という考え方ありますね。
空調が完備した公共施設で日中は過ごし。住宅のエアコンは極力使わない。
エアコン使うにしても、住宅の中の一室だけをクローズしてそこを冷やす。
家族が集い、地球環境ばかりではなく、ライフスタイルも変わるのかな。
そんな思いが湧きました。


余談
今朝のワイドショーで、テレ朝の玉川さんが『ゲルニカ』の政治的背景を
少し解説してくれていました。偶然でしょうが、ひとつ勉強になりました。

2019年8月6日火曜日

表現の自由と不自由




『あいちトリエンナーレ2019』での企画展『表現の不自由展・その後』が中止になった。
韓国の反日運動の象徴『平和の少女像』などの展示で、抗議や脅迫があったからとのこと。
たしかに自由な表現活動に対して、お上がトヤカクいってはいけません。
ましてや公金(税金)出資を口実に圧力をかけてくる首長は、いかがなものかと思います。

ただ
表現の自由があるとはいえ やってはいけないことがあることも知っています。
数年前、ある女性アイドルグループがドイツのナチズムを連想させる衣装で歌い踊るMV
が一斉に批判を浴びたことがありましたが、この批判を批判する人はいませんでしたね。


今回のことで 私もある作品を思い出しました。
『ゲルニカ』 パブロ・ピカソ
31年ほど前、マドリードの(たしか)プラド美術館で対面しました。
戦争の悲惨を抽象的に、迫力を持って表現され、心に突き刺さります。
ただ、モチーフはスペイン内戦時のゲルニカという街の空爆という、現実の出来事からで
特定の政治思想が読み取れるのでしょう。テロ対策から防弾ガラスで囲まれていました。
不勉強な私には、そこは全くわかりませんが、わからなくてもよいのかもしれません。
『ゲルニカ』はすでに 反戦争 への普遍的なメッセージとなっているからです。

『平和の少女像』は 戦時下の性暴力に対する普遍的なメッセージと言えるでしょうか?
・作品としてのクリティーに感銘を受けない。
・像が少女である。(戦時下の性暴力は、女性に対するものだけとは限らない。)
・いで立ちが、特定の民族しか想起できない。

これではメッセージを持ったアート作品ではなく、単なる プロパガンダ ですね。

表現の自由は、大切な権利だと思います。暴力や理不尽な公権力に屈してはいけない。
ただ、そもそも『平和の少女像』はアート展にそぐわなかったと、私は考えています。

※画像は検索から使わせていただきました。
 パブロ・ピカソ『ゲルニカ』

2019年8月4日日曜日

暑い



うだる暑さの中、車を止めようとしてスペースを探していた。
前を走る車がふっと右折し、廃工場の隙間の路地に滑り込む。
私も車でついていくと、その先に緑に囲まれた涼しげな場所。
車から降りて涼をとっていると。はて、もうわからない。
廃工場の並びを何度も行き来してみるも、そんな路地はない‥。

‥そこで目が覚めた。 まったく 疲れがとれてない。
私の場合、昼間 エアコンのあたりすぎのようだ。
エアコンは必要だが、ほどほどにしてグダグダした方がいい。
私の夏の過ごし方。