2021年1月30日土曜日

東京のトンネル

私のiPhoneの中の Photo から。


2021.01.27

渋谷神宮通りから宮下公園へ向かう山手線等の高架下

ドラマの場面にもよく登場する


2020.06.08

高輪ゲートウェイ駅北。第一京浜から旧海岸通り方面へ

タクシーが通るのに難儀するので、通称『提灯ごろし』


2016.03.08

大井町線下神明駅近く。新幹線・湘南新宿ライン高架下

海の中を描いた小学生のスケッチを、壁面に写している


2016.04.05

第一京浜・第二京浜を結ぶ計画道路の歩道部分

戸越公園。都立大崎高校の近く、いまだ建設中


2021年1月28日木曜日

渋谷_新らし風景とそのままの情景。

渋谷での打合せへ向かう午後の「明治通り」を、ひさしぶりに歩いてみた。
再開発が進む渋谷駅の高層ビルが近くにそびえる。
街並みも、ほんの少しの隙に新らしくなっていく。

神宮通公園に 安藤忠雄設計の公衆トイレ「あまやどり」を見つけた。

クリエーターによる公衆トイレを、2021年夏までに区内の公園など17箇所

設置するという『THE TOKYO TOILET』プロジェクトのひとつ、とのこと。

渋谷区と公益財団法人日本財団によるこのプロジェクト。「おもてなし」の

こころを公衆トイレから、とは、面白い発想だ。



この 神宮通公園トイレ

格子を用いたデザインは、解放性と通気性を確保しプライバシーも守られる。

色使いも繊細で『和』の感じ。通り抜けができる動線も明快。サインもいい。

ただ、ネットフェンスに囲まれたような配置は、管理上のことでだろうか‥。

明治通りから気楽にアクセスできた方が、よかったのでは? ちょっと残念。


宮下公園も商業施設と一体で「MIYASHITA PARK」としてリニューアル。

かつての宮下公園に、あまり良いイメージを持っていなかった方々も多いか

と(私も含めて)思いますが、清潔で開放的な空間に生まれ変わっています。




最上階の公園スペースまで 利用者は上がってくるのだろうか?

いわゆる『ヒキ』 デパートでの、屋上遊園地や最上階の催物会場などです。

ただ開放感さえあれば、そんな施設は必要ないようです。

ふと、愛知芸術文化センター前の施設『オアシス21』を思い出しました。

まさに都市の中のオアシスになるのでしょう。



再開発がなされながら

渋谷駅側には昭和の佇まい満載の一角『のんべい横丁』が残っています。

覗けば、一坪ほどの小料理屋が肩身を寄せ合うように軒を連ねています。

カウンターの常連らしき孤独な年配客の相手は、割烹着の女将がひとり。

「MIYASHITA PARK」の1階、渋谷川暗渠上の路地に面した『渋谷横丁』

の、若者達が集う開放的で活気のある大型居酒屋と、あまりにも対照的。



この地域も、一体化して再開発されるべきじゃなかったのか。と思う反面。

いつまでもこのままであってほしい‥。切ない気持ちになってしまいます。

緊急事態宣言が明けたなら、どこか一軒、暖簾をくぐってみようか。




2021年1月10日日曜日

陰翳礼讃:谷崎潤一郎


文豪・谷崎潤一郎による 『陰翳礼讃』(いんえいらいさん) 

1933年。昭和の初期に著されたこの随筆は、建築家の必須科目のひとつと

言われつつも、恥ずかしながら、これまで通して読んだことがありません。

お正月には NHKのETVで「THE 陰翳礼讃 ~谷崎潤一郎と日本の美~」

という番組にも感動。この機に、きちんと向き合ってみることにしました。


陰影、そして陰影の中の仄かな灯の中に佇む美意識。

住居に限らず、食事や衣服、慣習。生活の中に潜む、そのさりげない美学は

現代であって、そこかしこに感じます。精神のDNAのようなのもでしょう。

ただ

独自の文化をもった「東洋」 と それを侵食せんとする「西洋」

美意識を大切にする「文化」 と 利便性のみを追求する「文明」

そんな対峙する関係が強調され過ぎているようで、違和感もありました。


~引用〜

もし東洋に西洋とは全然別個の、独自の化学文明が発達していたならば、どんなにわれわれの社会の有様が今日とは違ったものになっていたであろうか、と云うことを常に考えさせられるのである。たとえば、もしわれわれが、われわれ独自の物理学を有し、化学を有していたならば、それに基づく技術や工業もまた自ら別様の発展を遂げ、日用百般の機械でも、薬品でも、工芸品でも、もっとわれわれの国民性に合致するような物が生まれてはいなかったであろうか。

~引用〜


たとえば、東洋の独自の文化のひとつに「禅」があります。

禅の思想に基づいた「枯山水」の日本庭園は、石や砂によって究極に簡素化

された表現により、自然の風景や宇宙までも象徴させたものです。

この禅の思想に大きな影響を受けた西洋人が、スティーブ・ジョブズです。

彼が作り出したスマートフォン・iPhoneの究極に簡素化された造形・操作性

は、まさに禅の思想によるものです。そのiPhoneは、いまや多くの日本人に

とって必須アイテムとなり、生活環境の一部にもなっています。


90年も前の谷崎が、この状況を見たらどう考えたでしょうか。

未来を予見するということは、かくも難しきことに思えます。























・・・


1988年。ベルリンの壁開放前のヨーロッパをひとり、旅をしました。

オランダのアムステルダムで、ヨスという若夫婦の家で数日を過ごしました。

普段は日本からの留学生が使っている一室での、今で言うところの民泊です。

夕方、彼らの家に戻り、部屋中の照明を付けていくとヨスに言われました。

「へい、タカシ。なんで家中の照明を付ける必要があるんだい?

 僕も日本に行った時、みんなそうしているのに驚いた。変だよ。

 灯はぼんやり、読書ができる程度に灯れば充分じゃないかい?」

たしかに、そのとおりだな。私は言葉がありませんでした。


アムステルダム国立美術館のレンブラントの『夜警』は、大きな絵画でした。

彼の多くの肖像画と同じく、陰影とそこに差し込む光の表現は、まさに圧巻。

そして1600年代に活躍したこの画家は、今もオランダの英雄でいるのです。



・・・


陰影の表現ということで、思い浮かぶことがもうひとつ。

これもまた、建築家としての必須科目のコンテンツです。

1982年公開。リドリー・スコット監督による『ブレードランナー』

酸性雨が降りしきる近未来のL.A. 逆光の照明を多用するR・スコット監督

の演出は、暗黒の都市の喧騒に、深みのあるリアリティーを与えています。

この作品による闇の表現方法は、その後 ジェームス・キャメロンばかりか

多くの映画監督に影響したのではないか、と私は考えています。



陰影とそこに潜む光への美意識。

東洋の独自のものではなく、元来 人間が持つ精神のDNAなのでしょう。

2021年1月3日日曜日

初夢_2021

いま私は、以前設計したあるお宅の3階に来ている。

内部はコンクリートの打ち放し仕上げで西側と北側に大きな開口部がある。

外を見渡すと、水平線が広がる大きな湖。東面にも小さな窓、やはり湖だ。

これほど眺望がよいなら、なぜもっと大きな開口部にしなかったのだろう‥


気がつくと、建物全体がゆっくりと動いている。

よく見ると、観光客と思しき見知らぬ客人達が外を眺めているではないか。

「旦那も、この遊覧船に乗りにきたんで? 天気もよくて、いい眺めだ。」

人懐っこそうな中年男が絡んでくる。すこし煩わしいな。


小一時間の遊覧を終えた船(建物)は湖畔についた。

船着場の料金所の窓口の細面の中年女性に、料金を払うついで聞いてみた。

「ここには何隻の船があるんですか?」

「4隻です。」

「どんな船があるんですか?」


「コンクリートで出来てるのもあるよ。」

こんどは、斜向かいにすわる、意地悪そうな男が答えてきた。

(貴様‥、ヒトのものを勝手に使って商売しているな!)

「なにか、わるいんかい?」

グッとこらえて、ここは苦笑いの大人の対応をしておこう。

訴えてやる。船着場の料金所を出て、住宅街の坂道を上っていく‥。


・・・・・・・・・・

ここまで。

なんだこれは。 「富士」も「鷹」も「茄子」も出てこなかった。

今年は、どんな年になるのやら。




2021年1月1日金曜日

2020年12月24日木曜日

『鬼』と『神』


『鬼滅の刃』の大ブレークで、『千と千尋の神隠し』の 歴代映画興行収入の記録が
ぬりかえられそうだと、報道でよく目にします。この2本の邦画アニメのタイトルに
『鬼』『神』という、日本人特有の概念が入っていることに気がつきました。

『千と千尋~』は、八百万(やおよろず)の神のお話し。
例えば、家を建てるときには、その土地の神様にお許しを乞う『地鎮祭』。
上棟すれば、その建物に宿る神様をお迎えする『上棟式』。
万物に『神』が宿るという概念は何気に一般的なようで、じつは日本特有のものです。
西洋では、あくまで神様はお一人。以前トルコを旅したおり、現地で知り合ったモス
リムの友人と話していて、痛烈に感じました。

『鬼』もまた然り。暗闇を見ると、そこには、何か目には見えない、恐ろしいものが
潜んでいるかもしれない。『鬼は外!』と、空間に向かって豆を投げつけ撃退します。
『鬼』とは、じつは目には見えない恐ろしさを擬人化したもの。


今 この『鬼』は 明らかに『新型コロナウイルス』です。

『鬼滅~』のブレイクは、偶然なことだとは思えないです。

そして『千と千尋~』と『鬼滅~』の共通のテーマが、(少年や少女が)困難を乗り
越えることで得る『成長』です。きっと『新型コロナウイルス』撃退のあかつきには、
なにか大きな『成長』が待っていると思いたいです。


ここのところ病院にいくたび、ご苦労されている医療従事者の方々のことを想います。
感謝と、神さまのご加護がありますように。 Merry Christmas!


まずは感染しないように気をつけよう。

2020年12月12日土曜日

【小説】孤独の住宅建築家_03 建築現場の青春:編



□まえがき□


 <プロフィール欄>

  栂池京信:アトリエ・ツガイケ一級建築士事務所 主宰

  都内を中心に個人住宅や集合住宅の設計監理をおこなう。

  男性/43歳/独身(離婚歴?)その他プライベートは不明。

  ※もちろん、架空の人物である。

  その他、登場する人物、計画、建築、組織、全て架空のものである。


これまでのお話し
孤独の住宅建築家_01 マッチングサイト:編
孤独の住宅建築家_02 ふたつのテナント:編


□ 01 □


「空き家問題」に関して、インタビューに答えてもらえませんか‥?」


民放大手の関日テレビで番組製作を請負っているという「QV総合企画」

そこのディレクター倉石という男からの電話依頼は、はじめはそうだった。


「そのインタビューはどこで? スタジオでかい? この事務所でかい?」

「栂池先生には、あるお宅を尋ねていただいてですね。そこで、ひとつ‥」


すでに生活が成り立っている住宅に、上がりこむことはしたくない。

私が設計した住宅作品でも、引渡し後のTV取材はこれまで全て断ってきた。

たとえ、住みての方々が取材を承諾されたとしても、である。


「そこをなんとか!今回だけ、ということでお願いできませんかね‥。」

「住宅は生活の空間。それを演出で使うというのは違和感があるなあ。」

「アシスタントには、若くて可愛いい女性も一緒なんですがねぇ‥。 」


あげくの果てには、足元にすがりつかんばかりの台詞に、くどい!と一喝。

電話を切ったその瞬間に、秋元くんが事務所のドアを開け、はいってきた。



□ 02 □


「あぁ、それ『甘露ミホのゴミ屋敷まとめてポイ!』ってコーナーですよ。   

 栂池さんも知ってるでしょ!グラビアで売り出し中の甘露ミホちゃん。」


秋元皇太郎。独立して3年あまりの若手建築家だ。

彼の説明によると、関日テレビのお昼のワイドショーのコーナーだという。

一級建築士がツナギを着せられ、いまをときめくアイドルと一緒にゴミ屋敷

の片付けをする、という企画のコーナーだそうだ。

( 断ってよかった‥。) 頭を抱えてうなだれた。

「あれぇ~、栂池さん。もしかして、出演断ったこと、後悔してます‥?」

ンなわけネーだろ!

 それよりも今日は、明日からの室内点検の段取りの打ち合せなんだろ?」

「僕や栂池さんの作品でもないのに、すみません。ホント助かりますよ。」


秋元くんが「ホント助かりますよ!」と、頼んできた今回の仕事。

それはまさに、生活空間に土足で上がりこむような仕事であった。



□ 03 □


レジデンシャル大岡山』 

竣工してちょうど一年が経つ分譲マンションである。11階建て、全36戸。

住居の種類は、79.38m2の4LDKから、53.93m2の3LDKまで5タイプ。

そしてこの時期、マンションの完成一年後点検をおこなうことになった。


点検を主催するのは、建物の設計施工及び分譲販売の株式会社多田崎建設。

マンション建設では業界最大手で一部上場企業である。

ただ、点検内容に『レジデンシャル大岡山管理組合』は疑念を抱いている。

その管理組合から、多田崎建設の点検に第三者の一級建築士として立ち会い

を求められたのが 秋元くんであった、ということだ。


「管理組合って、ふつう販売業者の関連会社になるんじゃないの?」

「はじめっから、いろいろあったみたいなんですよ、池田先輩によると。

 あ、その池田先輩が僕の剣道部の先輩で組合の理事のひとりなんです。

 廊下・階段の共用部、屋上防水関係は昨日までに多田崎建設の担当者と

 僕とで点検おわらせました。あとは専用部。住居の室内だけです。」

「で、オレは何をすれば‥」

「栂池さんは、室内点検のBチームに立ち合ってください。

 なにせ全部で36戸、土日の2日間でおわらせなくっちゃならいんでね、

 点検はAチームとBチーム、ふた手に分かれてすることになったんです。

 僕はAチームの方に立ち合います。

 点検そのものは、多田崎の営繕部と営業部の担当者がやりますから。」


すると、秋元くんは声をひそめた。

「栂池さん。この仕事、チョロいっスよ。

 点検の報告書は、全て多田崎建設のほうで作りますから。

 僕らは、ただ現場で点検作業を監視してれば、それでいいんスから。」



□ 04 □


「多田崎建設ねぇ‥。」

「多田崎が、なんか?」

「あ、いや、べつに。」


5時をまわったことを確認して、バーボンを開ける。

今宵は S_NETZの曽根谷社長から届いた WILD TURKEY だ。

秋元くんの口が、いつになく軽くなってきた。


「栂池さん。僕の方からお手伝い、お願いしておいてナンなんですがねぇ。

 その 靴。ナンとかなりませんか‥。」

「靴? クツがなんだい。」

「大企業の多田崎建設を監視する仕事ですよ。シャキッといきましょうよ。

 栂池さんの、いつものツイードのジャケット。あれはいいですよ。

 デニムもまあまあかな。ただその クツ、イケてないっすよ。」

「わかった、わかった。明日はTAKEO KIKUCHIの紐なしのにしとくよ。」


ひと回りも違う若いもんに、服装をとやかく言われるとは思わなかった。

彼がイケてない!というのは、このTimberland のトレッキングシューズ。

配筋されたスラブの鉄筋にも普通に上がれ、配筋検査にも向いている。

現場監理のための靴だが、普段でも履くようになっていた。


「栂池さんの事務所にインターンに来てた女子大生が2人、いたでしょう。

 『Mプロジェクト』のコンクリ打ちの現場で、僕にグチってたんですよ。

 突然ヘルメットかぶらされて、急に現場に連れてこられたって。」

「あのときは、わるかったな。秋元くんの現場を使わせてもらったよ。

 職人と一緒に型枠叩かせたのよ。現場の作業を知ってもらおうとね。」

「そんなことさせたんスか! インターンの実務経験で?女の子に‥?」


そのあと届いた、担当の鷹村小百合准教授からの謝礼のメール。

そこには、やんわりと(女学生に何をさせる!)という抗議が滲んでいた。

ただ、彼女達はこのまま卒業すると、建設現場の空気を肌身を持って知る

機会はもうないだろう。そして、そのまま『先生』と呼ばれる仕事に就く。

それでいいのか。


「だいたい栂池さんは、オンナのあつかいっつーのを知らないんスよ。

「おいおい、飲み過ぎなんだろう‥」


WILD TURKEY はキツい酒だ。

明日からは点検の立ち会いが始まる。今宵はここまでとしておこう。

ふらつく秋元くんを外まで見送ると、急に冷え込んできたことがわかった。



□ 05 □


レジデンシャル大岡山・室内点検の初日は、凍えるような雨の日になった。

午前9時、エントランスで多田崎建設の担当者達と顔を合わせ、軽く挨拶。

すこし元気のない秋元くんとAチームは1階から。私とBチームは上階へ。

6階から11階まで18住居の室内を、私が立ち会うBチームが担当するのだ。


多田崎建設側が用意した点検チェックリストは、住居ごとのシートになり、

躯体・仕上・設備各9項目に分かれている。指摘箇所は平面図に書き込む。

確かに、このチェックリストにさえ沿って点検すれば、それだけで済むな。


Bチームは、営業部の絹川哲志と営繕部の織田源という、ふたり組である。

絹川は物静な性格だか、織田のデリカシーのない物言いには、些か困った。

「見ました?栂池さん。あのゲージの中のヘンなの。ウナギイヌですか?」

「ああ、フェレットですね。きっと、動物が好きなご家族なんでしょう。」

「あんナン飼っちゃって。やっぱへんな連中が多いな、ここ。ヒッヒッ!」


昼食をはさんで、午後の点検は7階の702号室から始めることになる。

玄関のチャイムを鳴らすと、上河内貞夫という初老の男が顔を出した。


「点検? 点検って、その前に、どうしてくれるんだよ! オレの人生。」

絹川も織田も、その場に立ち尽くした。上河内は目に涙を浮かべていた。

「家内が‥。家内はもう、戻らない。 戻らないよ‥。」



子育てを終え、仕事もリタイアした上河内は、終の住処として手に入れた

このレジデンシャル702号室で、夫婦ふたり、穏やかな老後を望んでいた。


トイレから異臭がし出したのは、入居後すぐ。明らかに汚物の匂いだった。

上河内は妻の咲恵に、トイレの床をよく拭くよう言いつけた。毎日、毎日。

それでも匂いは全く無くならない。お前の拭き方が悪い、と語気も強まる。

咲恵は、くる日もくる日も、床を拭き続けた。まだ臭い、夫の罵声が飛ぶ。

これまで夫に口答えもしたことがなかった咲恵が、はじめて反旗を翻した。

出ていったのだ。 半年前のこと。


咲恵の家出後、上河内は意を決してトイレの床を撤去してみることにする。

匂いがおさまらないのは、やはりおかしい。

新築工事業者の多田崎建設でなく、他のリフォーム業者に工事を発注した。

はたして床下から現れたのは、汚物の漏れた塊。目を覆いたくなる状況だ。

便器と汚水のトミジ管との接続不良。配管は、コンクリートのスラブ上で、

躯体に多少染み込んだ汚水だけで、下階に影響がなかったのは幸いだった。


‥なんてことだ、咲恵のせいではなかったのか。

些細な事が、強いはずの絆に亀裂を生んだ。悔やんでも、悔やみきれない。



涙ながらに訴える、上河内という男。

このとき、私の20年前の記憶が蘇ってきた。


( 上河内部長‥。工事管理部の上河内貞夫部長、じゃないですか。)







□ 06_01 □


「施工図は『見上げ図』になるんだよ!何度言わせんだ、このバカ野郎!」

おおよそ思いつかんばかりの罵詈雑言が、毎時間のように飛んできた。

「ったく大工に余計な手間かけさせやがって。栂池!てめーの責任だぞ。」

現場の次席・町木駿二の罵声に、私はすでに恐怖も反発心もなくしていた。

日頃の激務で疲労し、感情が麻痺していたのだ。


とくに昨日のガラ出しで、体も精神も極限の状態だ。

徹夜で仕上げた施工図を間違えたのは、そのせいだ。

コンクリのガラが詰まったガラ袋を20体、場外に一人で運び出したのは、

午後の5時からだ。職人は皆あがってしまう時刻。その時点で終ってない

汚れた仕事、チカラ仕事は新人監督がすることと、相場が決まっていた。



20年前。私は大卒の新入社員として、多田崎建設 に入社していたのだ。

現場の仕事は希望ではなかったが、それでも就職ができただけ幸運だった。

入社後、研修を経て配属されたのが、全48戸からなる新築分譲マンション、

『レジデンシャル菊名』という、この現場であった。


「バツだ。ホールインアンカー40発、打ってこい。午前中に終わらせろ。

 たしか午後からは本社で『新入社員月例研修会』だったよな。おめー。」


各現場に配属されている工事管理部所属の入社一年目の新人は、毎月一度

渋谷の多田崎建設本社に呼ばれ、半日間の研修会に臨むことになっている。

現場でタガが外れていないか、定期的に監視することが目的であろう。


「高嶺所長からの言付けだ。今日は現場へ戻らず、寮に直帰していいとよ。

 よかったなあ、栂池。同期とせいぜい楽しんできな。やさしい現場だろ。

 いいか。くれぐれも、上河内部長には余計なこと言うんじゃねえぞ! 」



□ 06_02 □


現場のロッカーに吊っ放しのスーツを1ヶ月ぶりに着て、渋谷へ向かった。

午後1時半。多田崎建設本社7階、工事管理部第三会議室。

私と同期入社の沼井正一、林野玄太郎のふたりは、すでに席についていた。

もうひとり。米光了章はどうしたのだろう。

「米光は‥?」 シッ!と、すぐさま人差し指を口元に当てたのは林野だ。

そのとき、工事管理部の上河内部長が会議室に入ってきた。


「全員起立! 先代社主訓示、唱和!」

「先んずることが勝利である!」 ‥『先んずることが勝利である!』

「執念と気迫をもってすすめ!」 ‥『執念と気迫をもってすすめ!』

「数こそが豊さであると知れ!」 ‥『数こそが豊さであると知れ!』

「先人に学べ。道はひとつだ!」 ‥『先人に学べ。道はひとつだ!』

「よし、着席!」


工事管理部の部長・上河内貞夫は、東栄大ラグビー部OBの元ラガーマン。

恰幅がよく、威圧的な態度で押してくるタイプの人物。工事管理部では、

現場配属の人事権は全て、この上河内部長が握っているのだ。


「今日はこれから神谷部長の講義。主に労働安全衛生法に関してのこと。

 その後、君たちにはレポートを書いてもらう。それから解散とする。」


神谷部長とは、工事管理部の神谷甲之助のこと。厚労省のOB。天下りだ。

講義は、睡魔に耐える地獄のような1時間半であった。

上河内部長のレポートのお題は 『自分が、この社に貢献できること。』

A4のレポート用紙を埋め尽くすことを要求された。地獄その2であった。


「このレポートは、私の方で確認しておこう。今日は皆、ご苦労だった。

 ‥

 ところで、気がついたとは思うが、君たちの中にひとり落伍者が出た。

 残念だが、彼は社に対する責任感も忠誠心も無くしてしまったようだ。

 これは、社にとっても、彼の人生にとっても大きな損失だ。

 残った君たちには、これまで以上に職務に邁進するように。以上だ。」



□ 06_03 □


研修会が終わるなり、私たち同期の3人は、居酒屋になだれ込んでいた。

乾杯のビールを口にすると、これまでの疲れがマグマの如く吹出てきた。

私はウトウトとして、沼井と林野の会話に耳を傾けるだけとなっていた。


「米光、どうしたんだろう。無断欠勤が続いているとは聞いてたけど。」

「彼の親友が突然、亡くなったんだよ。癌だそうだ。」


同じ東栄大出身で、米光と仲が良かった林野が続けた。

「アメフト部の同僚だったんだ、米光とは。

 若いことが災いしたみたいだ。癌が見つかって、あっとゆう間だよ。」

「それで、人生観が変わっちゃったとでも‥?」

「そうなんだ、やりたい!と思ったことは、やろう!と決めたんだな。

 米光、ミャンマーで学校を作る活動に参加しよとしたんだ。聞けば、

 どうも前から関心があったようだ。せっかく建築学科も出てるしね。」

「へ‥、それで?」

「上河内部長に直接、相談にいったのよ。何年か休職させてくれないか。

 米光としては、同じ大学のアメフト部のOBと元・ラガーマンだ。

 理解してもらえるだろうと思ってたら、大変なことになっちゃった。」

「どうゆうこと?」

「上河内部長、烈火の如く怒ったんだと。会社ナめてんのか!‥って。

 とばそうとしたんだ、あのリストラ部屋(情報管理室)へ、米光を。

 それから、ずっと無断欠勤さ。退職届は、ミャンマーからかもね。」


 ‥‥

「米光はすごいよ。俺には無理だ、奨学金もあるし。沼井はどうだ?」

「オレは頑張って設計部にあがりたい。でも、あの上河内部長じゃあ

 無理なのかな‥。栂池、おい栂池! おまえはどうしたいと思う?」

「‥オレは、今は何も考えられない。 ただ 2年間 だな。」

「なんだい、そりゃ?」

「一級建築士の受験資格で必要な実務経験年数だよ。大卒で2年間。

 そこから考える。それまでは、生き残ることだけを考えてるんだ‥」





□ 07 □


室内点検2日目は、前日までとはうってかわって、爽やかな晴天となった。

午後3時には、Aチーム、Bチームとも担当する全ての住居内の点検を終え

エントランスに集まってきた。秋元くんも、少しほっとしたような笑顔だ。


「皆さん、この二日間の室内点検、お疲れ様でした。

 秋元さん、栂池先生にもご尽力ありがとうございました。」


完成後一年点検全体を指揮する、Aチームの営繕部・前川が挨拶に立った。


「これで、レジデンシャル大岡山・完成後一年点検は全て完了しました。

 点検報告書は、営繕部のほうで作成いたします。管理組合の高津理事長

 へ提出の予定なのですが、提出の前に、秋元先生と栂池先生には報告書

 それぞれお送りいたしますので、内容ご確認ください。 では、解散!」


「栂池さん。僕の仕事だったのに、感謝です。」「いいよ、楽しかった。」

「栂池先生。いろいろ、お世話になりました。今後とも、ひとつ宜しく。」

「栂池さん。今度、呑みましょうよ。ウナギイヌ刺身にね。 ヒッヒッ!」

「栂池くん!」

 ‥‥‥ん?


「栂池くん。ひさしぶりだ。元気そうでなにより。」

「上河内部長‥。覚えていてくださったんですね。」



 ‥‥

「昨日は惨めな醜態をさらしてしまったな。どうか、忘れてくれんか。」


喫茶店の小さな丸椅子に腰を下ろした、上河内さん。元工事管理部部長だ。

元ラガーマンの大きな体はそのままに、かつて工事管理部の人事を一手に

掌握した辣腕はもうない。威圧感もすっかり消え、白髪の増えた老紳士だ。


「あの702号室はね。退職金の一部として社から支給されたものなんだ。

 汚水管の接続不良とは、明らかな我が社の施工ミス。瑕疵(かし)だ。」


本来は、新築工事業者の多田崎建設が、全て責任を負わなくてはならない。

ただ、瑕疵だと薄々気がついていた上河内さんは、あえて多田崎建設とは

無関係のリフォーム業者に、トイレの改修をさせたのだ。


人生の全てを捧げた建設会社。その建設会社の仕事による 瑕疵の疑い。

上河内さんのプライドが、目を背けさせた。そして大切なものを失った。

私たち二人だけの店内に、時計の音だけが響く。


 ‥‥

「じつは。思い出したんだ。君に返さなくてはならないものがあった。」

おもむろに、上河内さんは、カバンからクリアファイルを取り出した。

中には、A4のレポート用紙が一通。鉛筆の手書き文字で埋まっている。


「ああ。それは、あの月例研修会のときの、私のレポートですか?」

「そうだ。覚えていたね。ちょっとした タイムカプセル だな。」

上河内さんに、すこし笑顔がもどった。私も、つられて微笑んだ。


人の記憶というのは、じつに都合がいい。

たとえ辛かった時代のことでも、琥珀色に輝く宝物にしてしまう。


「でも、部長。決めたんです。」

クリアファイルから、レポート用紙を取り出しながらつづけた。

「私は、もう戻らない、と。自分の意志で生きていくと。」

レポート用紙を、千切る。2枚に、4枚に‥


思いのほか、上河内さんは、穏やかな目をしていた。




□あとがき□


一級建築士を取得するための、必要実務経験の年数。

法改正により、受験資格の用件ではなく、免許の登録用件となりました。


さいごまでお読みいただきまして、ありがとうございました。 岩間隆司