2023年8月21日月曜日

国際文化会館

先日

さる5月に亡くなられた学生時代の恩師の 偲ぶ会 にて。

先生に導かれるように、懐かしい方々ともお会いできました。


ありがとう ございました。





国際文化会館

ル・コルビジェゆかりの前川國男、坂倉準三、吉村順三の

三氏による共同設計です。

敷地の傾斜を利用して、庭園と建築を一体とさせた名建築。

アマプラでTV『名建築で昼食を』にて予習してたのですが

実際に触れて、はじめて名作品の実感です。

2021年9月4日土曜日

THE TOKYO TOILET_レポート3


THE TOKYO TOILET

とかく「暗い・汚い」と敬遠される公共トイレ。それを著名クリエーターの

作品で変えていこうというユニークな取り組みが、東京渋谷区で進行中です。

その公共トイレを、実際にその場に行って・使って・考えてみる。

全17ヶ所の作品のうち9ヶ所のレポートを前回・前々回で おえました。


前回前々回


今回は、仕事でよく通る山手通り周辺の2ヶ所。

はじめて、車でのアクセスになりました。



□七号通り公園トイレ  佐藤カズー

  男子WC 小便器:2

  だれでもWC 大便器:1



打合せの帰り道で、偶然発見して立ち寄ってみました。

空から降りてきた宇宙船のような、白い球体の建築。素直にかっこいい。

この球体型には、空気の流れを生ませるという意味もあるそうです。


このトイレは、音声だけでも操作可能な「ボイスコマンド式非接触トイレ」

というコンセプトということでトライしてみました。QRコードを読込んで

アプリをDL‥と、実はうまくいきませんでした。私もアナログ世代だなぁ。

直前に使われていたご婦人と同じく、私は手動で違和感なく使用しました。

ボイスコマンドは、慣れた人や障害者の方には重宝なのかもしれない。


公共トイレほどではないにしても、私が仕事とする賃貸集合住宅の貸部屋も、

ある意味「公共空間」と いえなくもありません。

建物やお部屋を気に入ってとはいえ、入居される方(使う人)は不特定の人。

そんな、賃貸集合住宅の専用部を設計する上で、心がけている点のひとつが

「壊れる」(あるいは「壊される」)ということを前提に考えておくこと。 

もちろん、それは使う人に悪意がなかったとしても起こりえることです。

その際の対処や修復が容易でなくてはなりません。


それゆえ、機械仕掛け・電気仕掛けに対して、私は慎重派です。

「代々木深町小公園トイレ」と「はるのおがわコミュニティパークトイレ」

(坂茂さんの設計)を見学したさいにも、感じました。





□代々木八幡公衆トイレ  伊東豊雄

  男子WC 小便器:2 大便器:1

  女子WC 大便器:2

  だれでもWC 大便器:1



山手通りを通るたび、いつかお参りせねばと思っていた「代々木八幡」さま。

その足元、まるで山のキノコが生えたかのような、じつに愛らしい建築です。

神社の杜に、自然と溶け込んでいます。

「東三丁目公衆トイレ」(田村奈穂さんデザイン)は、ビビッとな色使いで

周囲のランドマークにならんとしていましたが、真逆の発想のようです。


訪れたときは、清掃中でした。

ここは使う人が多いのか、メンテナンスにご苦労されているようでした。






公共トイレ・レポート、次回も乞うご期待です。


2021年7月27日火曜日

さらば 1800円

 

60歳になったら、即 やりたいことがあった。『映画館で映画を観る』こと。

会員になってないシネコン系列の映画館や、ナンとかデーの割引がないかぎり

大人入館料 1800円とか1900円とか。 もう勘弁してほしかった。


今日からは 違うぞ。

TOHO系シネコン(会員になってない) 堂々と1200円だ。

( 客さま。年齢確認証を‥ と誰か言ってくれよ! )


『竜とそばかすの姫』細田守監督 素晴らしい作品だった。号泣。

たしかに映画館で観るべき作品であった。(でも 入場料は安い方がいい。)


アニメーションの邦画作品は秀作がつづきます。もはや夏休みの風物詩。

細田監督は、特に若い女の子の繊細な心情をくみとるのが上手いようだ。

映像、音楽、バーチャル・ミュージカル。おすすめ。

2021年7月25日日曜日

クマとネコ 隈研吾展


「隈研吾 展 新しい公共性をつくるためのネコの5原則」
東京国立近代美術館で開催中の 隈研吾展 訪れてきました。

東京五輪のメインスタジアムで注目の 隈研吾氏

国立競技場のような大規模な公共施設から、焼き鳥屋さんの内装工事まで

バラエティー豊かな作品群が、模型と図面、映像で明快に紹介されていて

素直に 楽しい会場でした。


隈研吾氏の作品

建築の根本的な解釈にまで踏み込んだ作品や、構造的解決の斬新さなど

おおすごいな~と 感じさせられる作品 と

単なる装飾じゃないの?(前記、鍋島松濤公園トイレ等)と感じる作品

極端だな。というのが、私の率直な感想です。


CGで登場しているネコたちよ。

君たちは、どう感じているの?




2021年7月17日土曜日

THE TOKYO TOILET_レポートの続き


THE TOKYO TOILET

とかく「暗い・汚い」と敬遠されがちな公共トイレを、著名クリエーターの

作品で変えていこうというユニークな取り組みが、東京渋谷区で進行中です。

この2月。全17ヶ所の作品のうち、その時点で完成した7ヶ所の作品に実際

足を運び、見学・使用したうえでの独自レポートしておりました。(前回へ


また2作品が新たに加わった、というところでレポートの追記です。




□鍋島松濤公園トイレ 隈研吾

  一般トイレ(男女兼用):1

  だれでもトイレ:1

  幼児用トイレ:1

  小便器ブース:2(うち1つは高齢者用)


渋谷の駅から文化村通りへ、猥雑な商業地区と閑静な住宅地を両脇に西に。

住宅地側にある鍋島松濤公園は、池と水車が印象的で緑豊かな公園でした。


建築は、外壁に無垢の木板をランダムに配しジャングルのような様相です。

周囲の木々の緑と呼応させようという意図でしょうが、その持出し金物は

ディテールが雑。ボルトも木の表面に丸見えです。

それでいて、手摺やハンドルといった直接手に触れるところは冷たい鉄製。

トイレブースの内部も、無垢の木が飾りつけはいるものの、窓のない狭い

倉庫内のような閉鎖感があります。これは、いただけないな。


たとえば、外壁に配された木板にしろ、内部に施された木片にしろ

これらが仮に無かったとしても、公共トイレとしての機能は成立している。

つまりこれは 『デザイン』 ではなく 『デコレーション』 なのです。


隈研吾さん。根津美術館など、胸のすく軽快な構造の作品もありますが、

この公共トイレでは、アプローチが違う。






○○○





□神宮前公衆トイレ NIGO®️

  男子WC 小便器:2 大便器:1

  女子WC 大便器:1

  だれでもWC 大便器:1


明治通り神宮一丁目の交差点の、アイキャッチとなる位置に計画されている。

ただ、無愛想な妻面を交差点に向けちゃっていることろなど、土地の形状や

街並みを活かそうとする意図はない。公共トイレという『機能のある箱』に

それとは別の、なにか非日常的なイメージを被せようとする発想です。

( 私は、こういった建築を密かに『ファンタジー建築』と呼んでいます。)

つまりこれも 『デザイン』 ではなく 『デコレーション』



日頃、効率性や機能性を突き詰めることを求められる仕事をしています。

ゆえに この2つの作品には違和感がありました。

ただ見ていると、この公共トイレ。比較的多くの方が利用されています。

何気に受け入れられているということでしょう。

これも、確かに建築のひとつの有り様でしょう。


作者の方へのリスペクトは変わりません。










2021年5月3日月曜日

都心から自然豊かな郊外へ。求るはコミュニティー。

 


都心から、自然豊かな郊外へ移り住む方々が増えています。

都心に拠点を残しながら、生活の半分くらいは農作業をしたり。

移住を考える前段として、仕事をしながら試しに住んでみたり。

そんな方々のための 集合住宅(長屋) の企画です。


コンセプトは 『コミュニティーを付加価値にする』

1階の土間は、住民共用のテラスと一体となり、前面の農地へと。

この『コミュニティーのテラス』が 縁側 の役目をはたします。


経済的な豊かさや物理的な利便性、だけが幸せの指標じゃない。

コロナ禍でテレワークも進み、価値観がどんどん変わってきた。

2021年4月7日水曜日

【小説】孤独の住宅建築家_04 CADとシャープペンシル:編

 


□まえがき□

 <プロフィール欄>

  栂池京信:アトリエ・ツガイケ一級建築士事務所 主宰

  都内を中心に個人住宅や集合住宅の設計監理をおこなう。

  男性/43歳/独身(離婚歴?)その他プライベートは不明。

  ※もちろん、架空の人物である。

  その他、登場する人物、計画、建築、組織、全て架空のものである。


これまでのお話し
孤独の住宅建築家_01 マッチングサイト:編
孤独の住宅建築家_02 ふたつのテナント:編
孤独の住宅建築家_03 建築現場の青春:編

□1□


大田区蒲田の準工業地域。築40年は経つであろう、古びた鉄骨造3階建。

最近まで自動車修理工場が稼働していた1階は、今は静まりかえっている。

車体のリフト・アップのため、トラス天井まで高さ3mはあろうかという

大空間にある10坪程のプレハブ事務所内。今日は2回目の打合せである。


「え! 栂池さん、こうなるんですか‥!?。」


提示した計画案の概略を見るなり怪訝な顔をしたのは、この建替え計画の

依頼主である北方祐介さん。上着は工場の作業着でいて、物静かな佇まい。

私より、ひと回りは年上であろうか。


父親と経営していた自動車修理工場を閉めることになり、建物を建替える

ことにしたのだ。穏やかに老後を過ごすご両親のお部屋と、賃貸集合住宅。

総事業費の殆どは賃料収入による返済となる。当然のことながら60坪程の

この敷地を、可能な限り活用した計画にしなくてはならない。


「ええ、こうなるんです。これが、最も効率的なプランニングです。」


「普通 マンションの計画っていうと‥

 長-い廊下があって、それに沿って部屋が並んで、端っこに階段付いて‥

 みんな、そうなるんじゃないんですか? 

 建替え工事のため、住んでた方にはやむ無く出て行ってもらいましたが、

 この建物の2階、3階も、そういう形のアパートになっていますが‥。」


「くれぐれも、誤解しないでくださいね。

 なにも奇抜なデザインの建築にしょう、というんじゃないんです。

 既成概念にとらわれず、賃貸部分の床面積を最大限確保した計画です。」


私が提案したのは、共用広場を取り囲むコの字型のプラン。

2階以上の各部屋には、共用広場の両脇にある階段からアクセスする。


「『長-い廊下』のように、無駄な空間をできるだけつくらないことで

 開放的な共用広場ができました。他の物件にない付加価値になります。」

「他と違う? それじゃあ‥」


( それじゃあ… いや、そうしなければ、

  ただ家賃の安さだけが魅力。それ以外は他と同じような間取り。

  そんな賃貸集合住宅になって、ゆくゆくは廃れていくだけだ‥。 )


重苦しい空気が、私と北方さんとの間に流れてきた。


「ま、一度この計画案で概算工事費と、賃料の査定をしてもらいますよ。

 それを元に、収支事業計画書を作りましょう。銀行さん用の資料です。

 それをご覧になれば、この計画の好利回りがご理解いただけますよ。」

「はぁ‥。」


次は私の事務所で打合せることを約束して、北方さんの事務所を後にした。

これまで堅実に生きてきただけに、理解には時間がかかるかもしれないな。




□2□


「RE:概算見積 あがり。」

北方共同住宅計画の概算見積を依頼した、麻倉工務店・麻倉薫社長より

返信があったのは、北方さんとの打ち合わせから3日後の朝一であった。


「黄昏時までに カラオケスナック「幸」へ来れり。他に相談事あり。」

‥なんだこの文面は。 果たし状 か?

卒業式当日、体育館裏にワルの卒業生に呼び出された担任教師のようだ。

もっとも、マジでヤンキーだった彼女なら、ありえる行動かもしないぞ。

一瞬、特攻服に竹刀を担いだ麻倉社長が頭をよぎり、苦笑いしてしまう。



カラオケスナック「幸」は戸越銀座の、商店街からは離れた路地にある。

木造モルタルアパートの1階の一部を改修した12坪ほどの スナックだ。

忘れもしない。18年前、私はこの2階の一部屋に3年間程暮らしたのだ。


入口の大きな扉を開けたとたん、いきなりママの弓長幸子と目が合った。

カウンターに肘をつき、タバコをふかしていた厚化粧が、一瞬で綻んだ。


「あらっ、誰かと思えばツガイケくん!? まだイケメンね。何年ぶり?」

「ガクさんの最期のこと聞きにきて以来だから‥9年ぶり?くらいかな。

 サチコさんも、お変わりなく。まだまだ若々しくていらっしゃいます。」

「フフッ。見えすいたお世辞も相変わらずね。カオル!ツガイケくんよ!」


すでにミラーボールが光っている、奥のカラオケ・ステージの最前列の

テーブル席から、麻倉薫は手招きをしていた。私は斜向かいに席につく。


「ツガイケくんは…、たしかバーボンよね。ハイボールでもいいかしら。」

「相変わらずサチコさん手際がいい。あれ、ずいぶん粋なお通しですね。」

「フフッ。いちおうフルーツなんだけとね。お箸でいただくのよ、これ。」


店内を見渡せば、昔のスナップ写真のピンナップが増えているようである。

弓長幸子と麻倉薫の若かりし頃。二人とも特攻服に持っているのは竹刀か。

「‥なぁに、写真見てニタついてるのよ。オラ!」

「え、いやまあね。こっちの、このハッピに足袋の翁は喜助さんかい?」

「そう、上棟式の木遣りの麻倉喜助。私のジッちゃんにして、創業者よ。

 私は両親とは折り合いが悪くてね。高校のときはメッチャ荒れてたわ。

 でも、ジッちゃんだけはね。仕事に厳しくても、私には優しかった。

 ツガちゃんもガクちゃんとの縁は、たしかジッちゃんからなのよね。」


話が外れそうになってきた。

「ところで、麻倉社長。依頼してありました概算見積書の件ですが‥。」

すると、またぞろ チェッ!チェッ!と人差し指を左右に揺らしながら

「ここで『社長』はN.G.よ。昔のように『カオルさん』ね。わかった!」

「はいはい、わかりましたよ。 ‥カオルさん。 概算、み・せ・て!」


麻倉工務店による『北方共同住宅計画』の概算見積金額は、私の想定通り。

カレッドから出ている賃料収入から、かなりの利回りになる。優良事業だ。


「さーて。相談事ありってナンなんですか?今日はそれが本題でしょ。」

「ふっ、そうよ。じつは他でもない、翔太のことなの。」

「ショウちゃんが、どうしたって? 

 たしか、型枠大工の白井さんとこで、扱かれてんじゃなかったっけ?」

「せっかく目かけてもらってるのに、もう辞めたいんだって。

 パソコンで図面描くCADあるでしょ。今度は、それ興味持っちゃって。

 専門学校でシステムから勉強したい、って言い出したの。

 工場で型枠加工するのに、図面データからパソコン使ってするでしょ。

 BIMってゆうの? そのシステムそのものを設計したいんだって。

 ま、たしかに木造の柱・梁のプレカットだってパソコンないとね‥。」


以前は、木工事の下請業者にすぎなかった麻倉工務店が、RCの元請工事

の受注ができるようになるほど技術力がついたのも、シライ組のおかげ。

その親分の白井さんの顔は潰せない。そんな思いもあるそうだ。


「ツガちゃん。これは、アナタに聞いてみたいと思ったの。翔太のこと。

 私の元旦那で、翔太の実の父親であるガクちゃんの、その一番弟子に。」



□3□


18年前の3月。私は多田崎建設を辞めた。丸2年務めてだった。

表向きは円満退社だが、監督とは名ばかりの現場での奴隷のような扱いに、

心が限界だったから、というのが本音である。


高校の美術の教科書で見た、ル・コルビュジエの『ロンシャンの教会』を

思い出した。建築の設計がしたい、と、はっきり言えるようになっていた。

いくつかの著名な建築家の事務所に、学生の頃の作品や履歴書を送付して

就活を始めてみる。もう、大きな組織はこりごりだ。ただ、3月末までに

多田崎建設の寮を出なくてはならない。猶予は、有給休暇の残り3日間。


そのとき、手を差し伸べてくれたのが 麻倉喜助 であった。

多田崎建設の内装工事の下請業者のひとつ、麻倉工務店の当時の社長だ

「ウチの下請けの設計屋でよ、図面の腕前はピカイチなんだが、若い衆が

 みんな直ぐ辞めちまうって困ってるのがいてな。若けーの。どうだい?」


アトリエ系の設計事務所に入ることを目指していたが、下宿先と昼は賄い

があるという条件で、この申し出を受けた。ほんの腰掛けのつもりだった。


『一級建築士事務所 ガク建築設計室』は

戸越銀座商店街にある小さな仕出し弁当屋の2階に、事務所を構えていた。

古びたスチールデスクにドラフター付きの製図版が2台。殺風景な室内の

ソファーには、見事なビール腹が突出た作業服の男がタバコを咥えている。

歳の頃は40半ばと聞いていたが、白髪頭がそれ以上の年輪を感じさせる。

所長の佐藤岳は、誰からも本名でなく『ガクさん』と呼ばれていた。

ただ、私は『所長』と呼ぶことにした。まがりなりにも雇主である。


「『手』はお前さんだけだからな。もう今日っから、たのむぜ。おう。」 

(‥まだ昼前だとゆうのに、酒くさい息だな。)

「はあ。‥所長。」と気の無い返事を返すと、ひとり女性がはいってきた。

ロングの茶髪、ジャージにすっぴん。ふっくらして孕っているのはわかる。

「これウチんだ。よろしくな。」女は軽く会釈をしただけで、目を背けた。

いつまで続くのやら‥、と心の声は聞こえた。麻倉薫との出会いであった。


「とぉにかく酒グセ、女グセが、わりーこと。なあ若けーの、そこだけは

 ツルまないよう気つけな。ただな‥。 」麻倉喜助の助言を思い出した。


仕事は、麻倉工務店が前村住興業から丸投げで受注してるという建売住宅

の木造伏図の作成だった。すでに描いてあるプランから伏図を起こすのだ。

(工務店のネーム入りトレシングペーパーに描く‥、プライドないのか?)

「手本はこれだ。簡単だろ。」と言い残し、所長は出ていった。

(ただ、この図面は実に美しい。あのガクさんなる人物の作図なのか‥?)


プランは大量で、作業は膨大にあった。ただ、仕事に身は入らなかった。

所長は朝、事務所から現場や役所へ向かい、夕方戻ると私のその日の作業

を確認する。昼前にカオルさんが顔を出し、仕出し弁当を一緒に食べる。

何を話すわけもなく、身籠でありながらタバコを2,3本、ふかして帰る。

私のお目付役なのだろう。それ以外は、事務所に私ひとり。作業の他には

メーカーや工務店の挨拶や、水商売と思しき怪しげな女からの電話の対応。

退屈な日々が続いた。

履歴書を送った複数のアトリエ事務所からは、ほとんど反応がなかったが、

一社だけ返事があった。貴殿の経歴は、デザインの仕事には相応しくない。

とある。建設会社で現場監督をやっていたことが、仇だというのか。

私は、ますますイジケていった。


「プラン、つくってみろ。3LDK。1/100の平面図だ。」

朝一番、所長はそうゆうと、25坪ほどの敷地の図面を置いて出ていった。

1ヶ月ほどたった日。建売住宅とはいえ、はじめて設計事務所らしい仕事

を任され、嬉々とした。丸一日かけて1階、2階の平面図を完成させた。


「屋根、どう架かるんだ?」

次の日の朝一番、所長は平面図を見るなり言った。私は言葉がなかった。

「狭い敷地だ、北側から斜線制限はこう。前面道路の斜線制限はこうだ。

 自ずと納まる屋根の形は決まる。建物の形や必要な壁の配置が決まる。

 構造的な整合性を意識すれば、それだけで建物全体の形も美しくなる。」

そこまで言うと、所長は製図台にトレシングペーパーをセットした。

「オレが今から描くから。そこで立って、後ろから見てろ!」

酒臭い息を吸い込むと、所長は一気にシャープペンシルを走らせた。

( ‥速い!作図に無駄な動きがない。美しい!なんて繊細なタッチだ。)

小一時間ほどで、1階、2階の平面図を完成させてしまった。


「お前さんの描いたのは素人の『間取』。プロの『プラン』じゃない。

 オレは1/100の平面図を描くとき、全てを頭に入れているんだぜ。

 屋根の形だけじゃない。雨樋の配置、エアコンやガス湯沸器の置場、

 設備配管、換気扇のダクト‥。でないと、描けないんだ。本当はな。」

 所長は、握っていたSTAEDLERのシャープペンシルを静かに置くと。

「『プランは全ての決定である。』 誰の言葉か知ってっか?」

( ‥ ル・コルビュジエ の言葉だ。)


「‥ただな。あのガクは設計者としての実力はピカイチさ。

 お前さん将来、建築家を目指すんなら最高の勉強だ。保証してやる。」

 麻倉喜助のあの助言。私はこのとき、はじめて実感した。



□4□


「ツガちゃん。あれから、目付きが明らかに変わったわね。」


あの日からガムシャラに働いた。自らの思い上がりも恥ずかしかった。

なんでも吸収してやろう。そう思うと、どんな仕事でも楽しくなった。


「聞いてもいいかな‥。所長、あいやガクさんとは、どうして‥?」

「ときどき、女から電話あったでしょ。前の奥さんよ。より戻したのよ。

 と言っても、元々籍はそのままだったから、私は何も言えなかったわ。

 翔太が生まれて。入れ替わるようにジッちゃんが逝って。頼りにしてた

 ツガちゃんも旅立って‥、糸が切れたのね。あ、自分を責めないでね。」


私は丸3年務め、ガク建築設計室を卒業した。

卒業証書はさしずめ『一級建築士免許証』。この3年間で取得できたのだ。

ル・コルビュジエの建築を、実際に見てみたい。その私の申し出に所長は

喜んで送り出してくれた。感謝しかなかった。

半年後、帰国してみると「ガク建築設計室」はすでになくなっていた。


「死んだ、というのは確かなの。ただ、命日もお墓も何もわからずじまい。

 だから、このカラオケ・ステージの前で、ときどき悼んでいるの。」

 ガクさんのオハコは鳥羽一郎の『兄弟船』。熱唱は何度も聞かされたな。


「‥CADの導入を考えていたんだ。ガクさん。じつは、あの頃。」

 しんみりしかけた空気の中、私から話し出した。


「あのとき、多くの建築設計事務所がCADを導入し始めていたでしょ。

 製図台は次々とPCに置きかわっているのを、ガクさんも知ってたよ。

 私は現場で、CADで施工図を描いてて心得があったから相談うけてね。

 このままじゃ、いけない。どこから始めればいいか って。でもそれ、

 ガクさんがそれまで培ってきた、図面の手書技術を捨てることになる。


 『慣例や既存の価値観に、囚われるな。』と、事あるごと口にしてた

 信念を、実践しようとしてたんだな。なかなか、できることじゃない。」

 カオルさんは、うつむいたまま、少しうなづいた。


「だから、オレはショウちゃんの判断を推したい。正にガクさんの血だよ。

 白井のオヤジさんも、わかってくれるんじゃないかな。」


「‥わかったわ。」

 吸殻を灰皿に押し付け、カオルさんは クスッ!と笑った。

 私の答えは、はじめから期待していたものだったのだろう。

 吹っ切れたように髪を掻き上げた笑顔は、晴々としていた。


「それっじゃ供養のため。ツガちゃん一曲!『兄弟船』よ。イえ~い!」

「え? オレが歌うの!?」



□5□


北方さんが、私の事務所に来られたのは、それから数日後のことであった。

この日は、私が提案するコの字型プランでの『収支事業計画書』の説明だ。


「いい利回りでしょ。融資の審査は、間違いなく通りますよ。」

「栂池さん。すみません。

 じつは、栂池さんには内緒で、他の設計事務所や住宅メーカーにも図面

 引いてもらったんです。これです。他のは全部、先日お話ししたような

 片廊下式のプランってゆうそうですが、『長-い廊下』案なんです。

 違いといえば、せいぜい部屋が東に向いてるか、西に向いているか‥。」

「私のコの字型プランなら、全ての住居は南向きですが。」

「あっ。そうですねぇ‥。」


『アボカド』 ってご存知ですよね。


 私は、事務所のミニキッチンから、盛り付けた2皿を取り出した。

「どうぞ。染みの店で、お通しで出していて、少し分けてもらいました。

 いちおうフルーツなんですが、お箸でいただくんです。ワサビ醤油で。」

「ほう。こんな食べ方は初めてですが‥、たしかに旨い。」


北方さんの顔が、ほころんできた。

すこし分かってもらえただろうか‥


「こんど、このお店、いってみましょうか?

 戸越銀座は、蒲田から池上線ですぐですよ。」




□あとがき□


ついつい、長いお話になってしまいました。

さいごまでお読みいただきまして、ありがとうございました。 岩間隆司