2011年9月13日火曜日

・・・の神様


川をへだてて こちらイスラム教、あちらがキリスト教の人たち。
歪みあっていたそれぞれの宗教徒たちが、共存していたという村。
すでに、美しい史跡となっていた。残念ながら記憶はそれだけだ。

15年くらい前。トルコ(Turky)をひとり旅していた。
コンヤ(Konya)という、ちいさな街で知り合ったイスラム教徒
の青年Mくん が その近郊の史跡を案内してくれたのだった。
トルコはイスラム教の国であっても、戒律はさほど厳しくない。
ただ、Mくんは敬虔な信者であったようだ。

夕方、Mくんの友人達、イスラム教に改宗したという日本人女性
もくわわって、ちょっとしたPartyになった。
 What's Your Religion? (きみの宗教はなんだい?)
 No Religion(ない。) 
  ‥私の答えに、みな すこし嘲笑ぎみ。
 ない。だけど、神様はたくさんいるんだよ。
  ‥すこし、目をまるくする。
 たとえば、この会話の席にだって、神様がいるよ。
  ‥それって、どうゆうことだい?

キリスト教やイスラム教では、存在する神様は絶対無二ですが、
そんな宗教に属さない 多くの日本人には『多神教』という考え
があります。山には山の神様、海には海の神様、八百万の神様。
映画 『千と千尋の神隠し』 で観ましたよね。
最近では トイレの神様は 紅白歌合戦にもご出演されてます。

万事万物に神様が宿っている。
こういった宗教観が、いまでは世界に誇れる 日本人の価値観
MOTTAINAI (もったいない。) という言葉にあらわれている
とも感じます。

私たちの仕事のことでいえば
土地の神様に許しをいただく 地鎮祭。
建物に神様がやどる 上棟式。

もちろん、
人間の姿の神様が ホントにそこにおられるか否かはべつにして、
慣習として、大切にしてもいいかもしれません。

9.11 から10年
NYの宗教的対立のニュースから、ここまで 思いをめぐらせる。