2011年5月22日日曜日

黒子・的・存在 の 妙

先日、連休の仕事に代わり半日お休み。お誘いうけ観劇へ。
渋谷 Bunkamura シアターコクーン 『たいこどんどん』
井上ひさし 作 蜷川幸雄 演出

江戸時代の末期を舞台の、江戸~東北地方の遊び人珍道中。
おりしも3.11の東北大震災。復興へ向けた強いメッセージ
もこめられた、迫力の舞台であった。おおいに堪能。

思えば はずかしながら この歳で
生粋の『お芝居』の観劇とは はじめてではないだろうか。
くわえてヒネクレ者のワタシは 意外に楽しい発見をした。

黒子さんたち の お仕事。 
労をねぎらう意味もあてか、よくゆはれる 裏方さん とか
縁の下の力持ち とか、もちろん そうゆうのじゃない。
舞台で堂々 波をくゆらしたり、竿の先の鳥を飛ばしたりと
セットや役者と同様、舞台の構成要素として機能している。

少ないながらも
海外で オペラ や ミュージカル は観た経験はあるが、
そこでは裏方さんは あくまで 裏方さん。見えない存在。
そもそも この 黒子 という概念がないのかもしれない。

歌舞伎 しかり、人形浄瑠璃 しかり、我国の芸能文化の
独特の概念なのだろうか‥。 哲学的にハマってしまった。


街並を観てみるに、西洋では古く美しい景観を維持すために
そぐわしくないものは、徹底的に排除しよう、という発想。
電信柱、自動販売機‥、かわいくない存在であってあも用途
があれば許容してしまう 我が国。
‥いやいや 電信柱や自動販売機は、都市の黒子じゃないな。

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